サントリーさんよりシャトーラグランジュのセミナーにご招待いただき出かけてきました
ラグランジュといえばサントリー、サントリーといえばラグランジュのみならずシャトーベイシュベルにも資本参加しているというように、積極的に世界的な銘醸地であるボルドーに進出しているという印象があります。そんなラグランジュから椎名敬一副会長が来日され、副会長自らラグランジュについて説明をして頂けるというまたとない機会ということで、喜び勇んで出かけてきました
※毎回手作りで準備してくれているカード。サントリーさんの心遣いを感じる
ボルドーの格付けシャトーと言えば、華々しく壮麗な建物、シャトーを取り囲むように広がるブドウ畑、長い歴史と伝統に裏打ちされた名声。あるいは土地のテロワールに精通しているがゆえの最適ブドウ品種の植え付けや高い技術に基づく生産力。十分な力を持って安定的に高品質なワインを供給しているという印象がありました
しかし椎名副会長からお聞きした話から浮かび上がってきたのは、意外にもそうしたボルドー格付けシャトーに対する優雅で伸びやかな印象とは全く正反対と言ってもいいような、泥臭いまでの努力と挑戦のシャトーの姿でした
『成功したシャトーの物語ではなく、これから成功を手に入れようとしているシャトーの物語』
ひとことで言ってしまえば、そのように感じたセミナーでした
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セミナー会場は神楽坂にある「和らく」。通りからは少し奥まった場所にある隠れ家的な立地で非常に見つけにくい店でしたが、むしろこうした落ち着いた静かで場所でゆっくりと話が聞けたことは良かったように思います
セミナーでは初めにサントリーのご担当から説明があり、その後を引きとる形で椎名副会長がスライドを使用しながらじっくりと解説してくれました
◆歴史
一般に、ボルドーメドック格付けは1855年のパリ万博に合わせてボルドー商工会議所が作成したとされています。しかし実際には、1785年にはトーマス・ジェファーソンによってシャトーラグランジュは3級の格付けが与えられていたのだそうです。ボルドーワインは早い時期から国際的に取引されており、既に実質的な格付けもなされていたというから面白い
サントリーが買収する以前はセンドーヤ一族が所有していたものの、ワイン生産地としてよりもむしろ松林に価値を見出していたためワインの品質は上がらず、またシャトーは火事で傾いたままの荒れ放題となっており買い手が付かない状態だったそうです
そんな中、このシャトーの買収に手を延ばしたのがサントリー。試算ではどうソロバンを弾いてもラグランジュ買収は収益面ではペイしないとされながらも、トップの一声が決め手となり購入を決めたという逸話も興味深い。いまのシャトーラグランジュの評価を考えてみれば、当時社員には見えていないものが経営者にははっきりと見えていたといっても過言はないのでしょう。経営とは、つくづく机上の計算だけでは計り知れないものなのだなということをあらためて感じさせるエピソードでした
そういう訳で、あらかじめ平坦な道が用意されているようなシャトー経営になるはずはなかったということが良く判りました
※買収当時のシャトーラグランジュ。火事にあった棟は傾いており、荒れたシャトーの当時の様子が分かる写真
◆「再生」と「創造」、そしてフィロソフィー
シャトーラグランジュの経営は大きく2つのタームに分けて捉えることができるようです
まず買収後の1984年から2003年にかけてが「再生」の時代、そして2004年から2023年にかけてが「創造」の時代。椎名敬一氏はこの後半の時代をリードしていく使命を負って日々サンジュリアンの地で業務に取り組んでいるということでした
長い歴史あるシャトーを今後も永続的に経営していくためには、それがボルドーのシャトーとはいえ一般の企業と同じように経営哲学のようなものが必要になると思います。それがシャトーラグランジュにとっては①消費されるワインであること、②自然な造りでテロワールを引き出すこと。そしてこれは我々日本人にとっても大変名誉なことであると言っても良いと思うけれど、③日本の会社がオーナーであることの意義を見出し周囲にもその価値を認めてもらうこと。そういったことをセミナーの中で椎名氏は繰り返し語っていました
フィロソフィーに従って日々の仕事を行い、そして忠実にテロワールを表現していく。これらはとてもシンプルなことではあるけれど、ぶれずに常に立ち返るべき経営原則として何よりも大事にしているということが良く判りました。ヴィンテージによるワインの味わいの違いは、それは確かに一つの達成であり結果であることには間違いないけれど、フィロソフィーに従ってただその年のブドウの特徴を引き出したものであって、良し悪しではなく、他に代え難い唯一無二なものなのだなという風に考えることもできそうです
◆ワイン造り
ラグランジュでは100以上のタンクを保有していて、ひと区画ごとにワインを仕込むことができるようにしているそうです。また選果はカメラを使用した画像解析による粒選りで、難しい年でも健全なブドウを選びだして仕込みに回すことができるそう。ワイン造りは基本的には農業でありながら、積極的にテクノロジーも導入するというところが興味深いです
またブドウのポテンシャルを最大限に引き出すことに注力していて、①収穫をギリギリまで遅くする、②収量を抑制する、そして③自然な栽培であること、これらにこだわりを持って取り組んでいるそうです
下図を見て頂くとよく判るのですが、一般に「開花(フロレゾン)から収穫(ヴァンダンジュ)までは100日」というのが定説です。しかしラグランジュでは100日を更に3週間ほど超えてから収穫をしている。長く樹上にブドウを置いておくことはせっかく熟したブドウを収穫前に痛めてしまうリスクを高めることにはなりますが、そんなリスクを積極的に取りながら完熟のピークで収穫することで「いままでにないカベルネの良さを引き出す」努力をしていると椎名氏は仰っていました
※教科書的には色付き(ヴェレゾン)から収穫までだいたい40日と言われる。しかし近年ラグランジュでは60日を超えている
「毎年新しい取組みをしている」というお話の中で、セパージュについての説明もありました
ラグランジュは現在でこそカベルネ主体のワインになっていますが、シャトー買収の初めから現在のようなセパージュであった訳ではないそうで、85年~86年に植え替えをした後の90年代はプティ・ヴェルドで骨格を補うワイン造りをしていた時代があったようです。その後2006年頃、つまり植え替えから20年を経たのちにようやくカベルネ主体のワインができてきたということです。椎名氏はこの06年以降を「第二世代」と仰っていました
ワイン造りにかける年月は、一般的な製造業のビジネスサイクルに比べるとほんとうに長いですね
※90年代はPV(プティヴェルド)の比率が高い
以前読んだ内田樹氏の本に「農業には安定が大事。そのためにやり方をあれこれ変えないことが大事である。なぜならば、今のやり方で十分に収穫ができているのをわざわざ新しいやり方を始めたおかげで収穫ができなくなって食料が確保できなくなると、それはもう死活問題に直結するから」といったような記述を読んだ覚えがあります。文脈ははっきり覚えていませんし正確に再現できているか分かりません。また時代もずっと昔の頃の話だったような気がします。でも、だいたいそんなようなことが書いてありました。ラグランジュでは毎年新しい取組みをしているという話を聞きながら、「ワイン造りは内田さんの本に書かれていた農業の話とはずいぶんと違うんだな」と思いながら椎名氏の話を聞いていました
それからオーメドックでの新しい取組みとして、2014年から畑の土壌に電気を通すことで水分量を測定するといった調査をしているそうです。狙いは更なる区画の細分化。地中50cmほどのところに”アリオス”と呼ばれる固い不透水層があることなども分かるそうで、その場合はこのレンガのように固くなった土を砕くことによって、ブドウの根がさらに地中深くへと入り込んでよりテロワールを表現できるようにしているとのことでした
まさに”泥まみれ”になりながら、日々シャトー経営のための努力をしているのだなということが良く判りました
※立体感のあるスライド図を使用しながら詳細にラグランジュのテロワールを説明頂きました。大変貴重な資料です
◆ワインテイスティング
今回のセミナーでテイスティングしたワインはこちらの4種類
左から、レ ザルム ド ラグランジュ(2015)、シャトー ラグランジュ(2011)、ル オー メドック ド ラグランジュ(2013)そしてシャトー ラグランジュ(2013)
上の写真とは順不同ですが、椎名氏のコメントも引用しながら記載してみます
レ ザルム ド ラグランジュ 2015
セパージュ:
ソービニヨン・ブラン 60%
ソービニヨン・グリ 20%
セミヨン 20%
97年から商品化された白ワイン。メドックでは白ワインの認証がないためにAOCボルドーとしか記載できません。ほとんどの人がメドックに白ワインの印象はないのではないかと思いますが、歴史的にボルドーではお客さんのために白ワインを少量生産してきたのだそう
ラグランジュでは全体のわずか4%しか生産しておらず希少性は高い。酸のきれいさや果実味を狙ったワインということで、ブルゴーニュと同じく木樽で発酵、オリを残してバトナ―ジュはせず、旨味を取り込む。フレンチでは前菜としてエビカニなどとはよく合うと椎名氏は仰っていました。ソービニヨン・グリを入れる狙いは重心を少し下げること。ワインの軽い苦みはヴィンテージによるもので、粒が小さく果皮が厚い特徴が出ているそうです
樽の香りがあり、しっかりとしたボリュームを感じます。しかしきれいな果実の酸があり重くなり過ぎず、柑橘系のサッパリとした味わい。ヴィンテージの特徴という苦味がフィニッシュを引き締め、このワインに立体的な印象をもたらすことに貢献しているように思います
ル オー メドック ド ラグランジュ 2013
セパージュ:
カベルネ・ソービニヨン 70%
メルロ 30%
2009年に購入したキュサックの3ha、2012年に購入したサンローランの13ha、合計16haをオーメドックドラグランジュとしてリリースしたそうです
気軽に安心して飲めるワインを訴求しており、これは先述したラグランジュの「フィロソフィーにも合致している」。目指すのは自然でエレガントなワインで、大事なのは自然感があるということ
オーメドックは川から内陸にあってあまり恵まれていない土地だが、キュサックは40年を超える樹齢の高い古木があったので購入したそうです。「樹齢の高い木があるのがポイント」とのことでした
香りも味わいも穏やかで、柔らかな印象のワイン。タンニンもとても滑らか。柔らかいと言っても薄いとか水っぽいということではなく、しなやかさはこのワインの特徴なのかなと思いました
シャトー ラグランジュ 2013
セパージュ:
カベルネ・ソービニヨン 75%
メルロ 21%
プティ・ヴェルド 4%
収穫前にヒョウが降るなど、13年は難しい年ではあるもののよくブドウが熟した年だそうです。「熟しても酸があるのは土地の特徴」ということで、特に07年以降はよく完熟したブドウを使用したワイン造りになっていて、それ以前のガチガチと固いワインとは一線を画すようです(一度飲み比べてみたい)
柔らかさやしなやかさ、こういったルオーメドックドラグランジュの特徴に加え、よりパワフルな果実味が乗っている。しかしこれがラグランジュの特徴かと言えば、この後の2011年を飲むとまた全く違う印象になります
こういうところがワインの面白さであり、つくづくこれは良し悪しということではなくヴィンテージの特徴としか言いようがないのでしょうね
シャトー ラグランジュ 2011
セパージュ:
カベルネ・ソービニヨン 62%
メルロ 32%
プティ・ヴェルド 6%
2013年に比べるとカベルネ比率が下がります。2013年に比べると2011年は霞がかったような奥ゆかしい雰囲気。パキッとした果実味ではなくて、繊細で少しくぐもったような印象がある。こういう感じはいかにもフランスワインという感じもしますが、2013年との比較では好みの判れるところかも知れません
あえて難しいヴィンテージをこのセミナーに用意した意図として、椎名氏は「2013年のようによい年のワインだけ出しても面白くない」。それを聞いてやはりヴィンテージの違いを感じて欲しいというメッセージがあったのかなと思いました
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格付けシャトーの副会長を招いてのセミナーという、普通であればあり得ない機会を頂き大変ありがたかった。生産者の生の話を聞くとそれまでのワインに対する理解と印象が全く変わってきます
また、帰り際には「シャトーラグランジュ物語」までお土産に頂きました。なんと椎名氏の自筆サイン入り。じっくり読んでみたいと思います
実はセミナー終了後、椎名副会長に2つだけ質問をさせて頂きました
1つは、いま僕が持っているラグランジュ2005年はいつが飲み頃なのか、ということ。もう1つは、本当にボルドーはワイン産地として良い土地だと考えていますか、ということ(あまりに大胆で失礼だったかも)
初めの質問は単に開け時が分からなかったので直接生産者から聞きたかったため。次の質問は、以前冬にボルドーを訪れた時に雨がちであまりに平坦な土地のイメージがあったことと、歴史的にイギリスにワインを出荷する必要からあまりよくない土地でも人間の叡知で長い時間をかけてよいワインができるようになったのではないかと思っていたからです
これに対する椎名副会長の答えは、前者については「2005年はいま飲んでもおいしいし、この先10年後でもおいしい。いつ飲んでもいい」、後者については「ワインを飲めば分かる」
大変スッキリしました
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