アルさんのつまみ食い4

旅と食とワインと・・・ずっと続けます

水曜の夜のノスタルジア


ノスタルジアとノスタルジー。どちらも同じ意味合いを持つ言葉らしいが、どちらかと言えばノスタルジーの方がよく使われる気がする。その違いと言えばノスタルジアが英語でノスタルジーがフランス語であるということ。このことはこの記事を書き始めたいま、ネット上の百科事典を見てはじめて明確に認識したことだった

20年末にテレビ埼玉(通称:テレ玉)で放送されていた「水曜どうでしょう」を録画したものを年明けに見た。その時に胸に去来した気持ちの一つがこのノスタルジー(あるいはノスタルジア)という感覚だったのだと思う



この番組を録画したのには特に意味があった訳ではない。番組表を見て、何となく、録画してみたのだった。この番組が放送開始した時期はちょうど僕が札幌での学生生活を過ごしていた時期に重なる。しかしこの番組をあまり意識的に見たことがなかったので、一挙放送のこのタイミングで見てみようかなと思ったことがその一因。もう一つは、内田樹先生(「日本辺境論」で有名な、武道家であり哲学者の)がこの番組がお気に入りらしいということを先生のツイッターで知ったからである(僕は内田先生の熱心なフォロワーである)



大泉洋さんはこの時、まだ北星学園の学生だった。「なんだかやけに元気で賑やかな人が北星学園にいるんだなあ」くらいにしか思っていなかったのだが、まさかここまで売れるとは思わなかった。そういえば”水曜どうでしょう”のことを思い出すと、同時に、この番組にいたく心酔していたゼミの先輩がいたことを必ず思い出す(この先輩は大泉洋さんのあの独特な口調を日々の日常会話でもマネをしていた)



ところでこの僕の”ノスタルジー”は上の画像(凱旋門での4人のモノクロ写真)を見た瞬間に訪れたような気がする。20年以上の時を経てなおオジサン4人がダラダラと(と言っては失礼だが)つるんでいる、というのが何ともいい。90年代後半の同じ札幌の空気を吸ったはずの人たちが、いまは別々の場所で生活をしつつも時々またこうやって集まり、時々同じ場の空気を共有し続けている、というのが何ともいい

番組を通じて自分もまた一時期を共有したような気になり(いや、当時はろくに番組を見ていないのだが)、それがまだ今にも続いているというようなところがまるで同級生に会うような気持ちにさせる。話せば、場合によっては話さなくても、あの頃のことが通じそうな気がするというところがいい



4人のオジサンたちがダマになっている時の距離感も絶妙だと思う。何だかいつも罵り合っているんだけれども、時に小中学生の男子が異性に興味を持つ以上に仲のよい男子同士で親密な距離感で交わっているようなところが羨ましくもある

水曜どうでしょう”の人気の秘訣の一つには、レンタカーでヨーロッパの国々を移動していく様を記録していくという”リアルタイムなロードムービー”的な面白さということもあるのではないかと思う。一緒に旅をしている感覚になれるような気もするのだ。そこにこの番組への没入感というか魅力を感じるという気持ちは分からなくもない



特にこの放送会はアイルランドを訪問する回であった。僕にとって初めての海外旅行先、それも一人旅の旅行先がイギリスとアイルランドだったということも、このノスタルジーに影響しているであろうことは何となく自覚している。ヒースロー空港に着陸し、機内の席に着席したまま窓の外を眺め、そこに飛行場スタッフの姿を見つけて初めて「本当に海外って存在しているんだ」と思ったことを思い出す。それまでは「もしかしたらTVの中の人たちは僕をだましているのではないか?」「実際は海外なんて本当は存在していないのではないか?」と思っていたフシがなくもなかったのだが



ロンドンからコーチ(長距離バス)を利用してバーミンガム経由でリバプールに入り、夜行バスでホーリーヘッドからダブリンに渡る。ダブリンからはアイルランド西部のゴールウェイまで向かい、ゴールウェイからは更に船に乗ってアラン島に渡った。80年代ミュージックの雰囲気はほぼ残っていなかったが、90年代のストーンローゼズ起点のマンチェスターブームの残り香がほんの僅か残るマンチェスターへも訪問した。そこではサッカー観戦のためにイギリスを単身で旅行している、僕と同じ大学生にも出会ったことを覚えている。最終的にはティーンエイジファンクラブを輩出したグラスゴーまで北上した



なんだかとりとめもない話になってしまったが、いずれにしても90年代後半の札幌、イギリスとアイルランド、そして仲間で時間を共有しながら場を移動していくロードムービー。そういったことが何だか思わずノスタルジーをもたらしてしまった、ということを書きたかっただけなんである