アルさんのつまみ食い4

旅と食とワインと・・・ずっと続けます

深坑老街と大きな樹の下の臭豆腐



 

 

 

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臭豆腐と言えば深坑老街だよ」というアパート管理人さんの言葉に導かれるままMRTとバスを乗り継いで出かけた老街。台北市内からだいたい1時間というアクセスの良さながら旅情を堪能できる街

バスを降りればすぐ目の前に大きな木が視界に飛び込んでくる。台湾で大きな木というと榕樹(ロン・シュウ。ガジュマルのこと)を連想してしまうが台湾のネット情報を探ってみるとこの木は”茄苳”だと書いてある。Googleだと「ナス」に翻訳されるのだがこんな巨木がいわゆる日本のナスなわけが無い。学名がBischofia javanica、日本語だとアカギと呼ぶらしいことが分かってきた

深坑はカタカナで書くと「シェン・カン」みたいな発音になる。山間に位置する老街で水がきれいなことから豆腐が名物になっているらしい。そのため臭豆腐も名物になったのだと思う。いの一番に管理人さんに教えてもらった臭豆腐店を訪問してみた。老街の入り口にありすぐに見つかった。実食するとやはり我々は臭豆腐が食べられるんだなということをあらためて思い知る。それほどニオイがある訳ではない

もっとも、これだけ豆腐がたくさん作られる街でなぜわざわざ豆腐を発酵させて臭豆腐を作らなければならないのか日本人の僕にはよく分からない。内田樹先生によれば人類は食べ物が重ならないように、あるいは食料の奪い合いが発生しないように民族ごとに食い分けが行われるというようなことが書かれている。その最たるものが発酵食品なんだと。他の民族にとっては「そんな腐っているようなもの食べられるかよ」であればこそその食料を占有できる可能性が高まる。ひいては飢える可能性も低くなっていく

食材レベルで食い分けが行われるのであれば分かる。例えば昆虫を食べる民族と食べない民族とか。でも豆腐は原料が大豆だ。豆腐を作るにはまず大豆を確保する必要がある。一度確保できればあとはそれを茹でてそのまま食べようが豆腐にしようが、それこそ臭豆腐にしようが、それは自由だ。とにかくまず大豆を確保する必要がある。原料の大豆レベルでの奪い合いに勝ってこその臭豆腐なのではないか。臭豆腐が作れているということは大豆の獲得競争に勝ったのだ。そのうえでわざわざ臭豆腐にまで手をかけて加工するのは何故なのだろう

それはたぶん「おいしいから」という回答しか考えられない。納豆だって同じではないか。たまたま茹でた大豆を藁ヅトにくるんで放置しておいたら美味しい納豆が出来上がっていた、というような。糸を引く原初的な納豆を口にした人もすごいが。臭豆腐が偶然の産物なのかどうかは知らない。ただ少なくとも意図的に狙って作った食べ物ではないのではないか、という風に想像している